夫が出会い系で浮気してた

子あり四十路女。若い女の子に目がない夫と冷めた生活を継続中。

喫煙までのハードルが多いから

ここ数日間、スーパーやコンビニに入るたびに煙草を買うかどうかで心が揺れている。

結局買わないで店を出る。買わない理由は乗り越えるべきハードルが多すぎるから。

 

喫煙の習慣があったのは十年ほど前で、禁煙してからは煙草とは無縁の生活を送った。数年前のある日を除いては。

数年前に今と似たような衝動にかられたときのこと。コンビニで適当な煙草とライターを買い、外にある灰皿のところで吸った。そのあと具合が悪くなり吐いてしまった。煙草イコール嘔吐、と記憶に刻み込まれた私はもう煙草を吸ってみたいとすら思わなくなった、はずだった。

 

しかし、煙草にまたしても憧れつつある。吸ったときの「身体に毒がはいってくる」感じ。身体中の血管が細くなって血のめぐりが緩慢になるような心地。

 

私が煙草を買えない理由はいろいろある。

 

どこで吸うのか

煙草を吸う場所が思いつかない。

車:夫(非喫煙者)と子供が乗るときに匂いが残ってたらいけない

喫煙可能な飲食店内:煙の多いところに居たくない

コンビニの屋外:知り合いにあったら気まずい

数年前の嘔吐時はコンビニだったけど、その頃は近所にほとんど知り合いがいなかった。

どうやって買うのか

昔吸ってたときはtaspo導入前。今の自動販売機でtaspoが必要かどうかすらよく分からない。多分taspoなしでは買えないんだろうと思ってる。

コンビニとかスーパーの対面販売は銘柄がよくわからなくて番号を指定できない。

よくコンビニで客と店員で「銘柄vs番号」の問答をしてるのを見るけど、銘柄も多すぎてわけがわからない。

どこに保管するのか

煙草を無事に入手できたとして、どこにしまっておくかが問題。

家族には知られたくない。夫に見咎められて正論をぶつけられるのも呆れられて非難されるのも嫌。今の私にとって煙草は自由の象徴でもある。だから家族には完全に秘密にしないと意味がない。

そういうわけで、一本か二本吸い終わったら残りは全て処分するしかない。うーん、流石に勿体ない。一本だけ売ってくれるお店があったらいい。

 

煙草を吸うにはハードルが多すぎる

それを乗り越えてまで吸いたいかと自問すると喫煙願望が薄れるくらい。

現代の煙草事情では簡単に喫煙するのは無理。新たな喫煙者を増やさない仕組みになっている。そう思うと、お酒は世間的にまだかなりゆるいほうだよね。

 

そんなこんなで煙草に関してはあきらめつつ、ベイプとかいう電子タバコを買おうかとも一瞬思った。なんでアイコスじゃなくてベイプかっていうと、安いから。

ベイプはタールもニコチンも含まないリキッドがメインだとかで、熱した香料の水蒸気を口から吸うって、、アロマ? ちょっと意味がわからないというか、口から吸って楽しいものなんだろうか?と疑問が残る。

 

でも、ガラムを吸いたいのを紛らわすためにクローブのリキッドを試したいからベイプ買ってしまうかもしれない。

 

電子タバコ リキッド RIPE VAPES CLOVE(クローブ) 60ml

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怖いものは怖い

息子はなんでも怖がる。すべり台とか自転車とか、とにかく怖がってまず乗らない。発達の遅れもあるだろうけど、怖いものは仕方がないと私は思う。だけど夫は猛烈に怒る。叱るとは言いがたい。あれは「なぜ怖がるのか が自分には理解できない。だからまずやってみろ」という怒りに他ならない。恐怖心の説明なんて大人ですらできないのに、子供にできるわけがない。たとえば高所。怖い人も居れば怖くない人もいる。暗いところ。狭いところ。尖っているもの。大きな音。「怖い」と思うのは本能だ。私も割りと怖いものが多いほうだと思う。足場がグラグラしているところなんかは、絶対に渡りたくない。渡れない。だけど夫はやってみろと言う。その時に私は息子の気持ちを理解した。怖いものは仕方がないじゃないか。それを「やってみたら楽しい」とか「お前のためだ」なんて甘言を並べられたところで、恐怖など全く薄れやしない。

ここまで書いて思い出した。私は昔、高いところが苦手な友人をしつこく誘って観覧車に乗せたことがあった。友人はとても怖がっていた。雄大な景色を見ても全く嬉しそうではなかった。私はあのとき人権を侵害したのだ。その報いが今こうして目の前に再現されている。

★★★☆☆ ドラえもん のび太の宝島

映画ドラえもん のび太の宝島を観てきた。

息子にとっては初めての映画館であり、私としてもドラえもんの映画を観るのは初めて。

息子はテレビでドラえもんを見るときに感情移入しすぎて「こわい」と走り回ったり転がったりする。そんな子が映画館で二時間近くも座っていられるかどうか心配だったが、騒ぐこともなく最後のエンドロールまで観られてよかった。それだけで感動したので映画にも100点つけたいくらいだけども、映画そのものとしては50点くらい。

ドラえもんの映画を見たことがない私としては、これくらいが映画ドラえもんのスタンダードなのかと不思議に思って共に観賞した夫に尋ねてみた。昔から漫画や映画のドラえもんに親しんでいる夫からしたら、今回の宝島は「まぁまぁ」という評価だった。

宝島の感想をネットで見てみるといくつかしっくりくるものがあった。なかでも大いに同意だったのが『見せたい場面が先にあり、そのためストーリーの裏付けや深みがほとんどない』というもの。普段のテレビとは違うダイナミックな動きや感動的なシーンが盛り込まれていて直感的に楽しい瞬間は沢山ある。しかしカタルシスがない。ドラえもんのび太たちが頑張ったから地球の危機を免れた感が少ない。フロックはドラえもんたちを宝島に導く駒、そもそもしずかちゃんがさらわれたのも単なる人違いで、そっくりさんというか色違いのセーラはてっきり捕虜かなにかかと思えばただの住民だし。言うほどそっくりでもないし…。そもそもあの海賊たちはどこから派生してあんなに大規模なコミュニティを築き上げたんだろう。シルバーは元々船長だったのかなんなのか、たった一人で大それたことしてるわりにセキュリティ甘すぎだし。のび太号の船のシーンをもっと少なくして、海賊の暮らしぶりをもっと見たかった。なにかと消化不良な感じが残った。

そういえば長澤まさみはなかなか良かったよ。優しそうな、しっとりした母親の声だった。大泉洋はいつもながら安定してたし、サバンナ高橋に至っては馴染みすぎて完全に聞き逃してた。海賊の一人だったらしいけど、どれだったんだろう。アニメの映画版って毎回なにかしらゲスト声優で芸能人を起用するのが心配だったけど今回のは大丈夫だった。昔のアンパンマンとか見るとほんと異質な声が混ざっててびっくりするよね。

 

小説 映画ドラえもん のび太の宝島 (小学館文庫)

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接客と感覚

前回の牛丼の記事にコメントいただきましてありがとうございました。

集計の結果「気にする:2人」「気にしない:2人」と綺麗に半々で、本当に人それぞれの感覚だと改めて認識させられました。

例のすき家はその件もさることながら、接客も感じが悪かったし店員同士の連携も取れていませんでした。女性3人で、平昌オリンピックで大ブーイングをかった某国のパシュートを思わせるようなピリピリしたムード。

ネットで「すき家 接客」と検索すると良からぬ情報ばかりが見受けられます。接客態度が悪くてクレームを入れたとか、クレームの対応がこれまたひどかったとか。しかしそれと同じくらいに目につくのが「すき家程度の店員に理想の接客を求めるほうがおかしい」という意見です。

確かに他の国と比べて日本の店員は接客が丁寧すぎるという印象もあるようです。安い時給で、身を粉にしてまで丁寧な接客を徹底するというのは割に合いません。そこは私も最低限でいいと思います。接客には金品のやり取り以外に「人と人の間で行われるコミュニケーション」という側面があります。そこで最低限相手が嫌な思いをしないように振る舞うのは普通のこと。ですが、「なにを嫌だと感じるか」が人それぞれ。そこがすれ違ってしまうと違和感が生じるのかもしれません。

 

(慣れない「です・ます調」が限界に達しそうなので戻します)

 

そういえば最近、こんな話題もあった。

全文表示 | コンビニで店員に対し「ありがとうございます」 お客が会計後にお礼をするのは常識なのか? : J-CASTニュース

コンビニで店員に対し「ありがとう」を言うのは変なのか?という話題。

 

私も店員にお礼を言いがちなほうだと思う。だけど、昔は言ってなかった。

子供を連れて行くようになってから、袋まできっちり入れてくれるコンビニのありがたさが身に染みるようになったし、スーパーではカゴをサッカー台まで運んでくれたり、子供が持っているお菓子を先に会計してテープを貼ってくれたり、店員さんの好意によって行われることがありがたいことばかりで、お礼を言わずにはいられなくなった。

それでは子供を連れていないときに、一人でガムひとつだけを買ったらどうだろう。袋なしでテープだけを貼って、電子マネーで会計して……うーん、多分そういう時は言わない。軽く会釈するとか、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「どうも」と言うくらいかも。

他の客が返品した牛丼がまわってきたら

子供がどうしてもお子様すきすきセットのおもちゃが欲しいというのですき家に行った。

大人はすき家の気分じゃなかったので子供のだけテイクアウトで注文。

休日のお昼時だけあり客も多く、かなり待つ。

待ち時間に、ある女性客が入ってきた。すき家の袋を手に下げている。そして店員に

「お子様すきすきセットの持ち帰りをカレーライスで注文したのに牛丼がはいっていた」と告げた。

注文違いで入れられた手付かずの牛丼は返品。カレーライスを作り直すことに。

順番的にそれは最優先で実行され、女性客は注文通りの品を手に店を出ていった。

カウンターのなかはずっと大わらわで、厨房のスピードもなかなか注文に追い付かない様子。

横一列にずらりと並ぶ注文伝票。その一枚を見て、店員が厨房に告げた。

「●番のセット、これ、あるから。リンゴだけお願い」

そう言って先ほどの女性客から返品された牛丼を袋に詰める。

おいおいまさか。

このあたりで不安がよぎった。

いやいやまさかね。

普通に、一部始終を見ていた客の前でそんなまさかね。

 

「お待たせしました。お子様牛丼すきすきセットです」

 

あー。

こういう嫌な予感ばかり当たるのなんでかな。

 

ここは言うべきか。

『これさっきほかのお客さんから返品されたものですよね。イヤなんですけど』って?

そもそも何がイヤなのか?

気分的に…だろうか。

もしここで拒否したら、この牛丼はどうなるだろうか。廃棄?それとも店員がまかないとしてでも食べる?

 

あなたならどうしますか。

 

私は…

すごく、拒否したかったんですけど、やめました。面倒さ半分、あきらめ半分といった気分でそれを受けとりました。

衛生面でどうかなとも思うけど、さっきの女性客、見たところ自分と同じような小さい子供のお母さんで、普通に清潔そうだったし。件の牛丼もまだ完全に冷めきってはいないようだし。と自分に言い聞かせながら。

あとからすき家にクレーム入れるのも面倒でしていません。まぁ、こうやって人目に晒されるところに書いちゃってるけど。

 

しかし何だな、あれだけ目の前で、大きな声で横流しするってのは、もしかすると店員は全く悪気がない可能性が高い。

こちらもそれに驚いて何て言えばいいのか分からなかった感は、ある。

「そうですけど、それがなにか?」って返されたら、嫌な理由を並べ立てなければならず、モンスタークレーマーになりかねない。

 

忘れようって決めたのに思い出すとやっぱりもやもやする。

 

問題の牛丼、いつも少食な息子が不穏な空気を察してか珍しく完食してたのが泣ける。

愛より何より欲しいもの

私には夢も希望もないとつくづく思う。絶望しているのではない。最初から、希望がない。こういう暮らしをしたいだとか、ああいう仕事につきたいとか、どんな人間になりたいか、そういうのが思い浮かばない。意識が低い。ただ寝て食べるだけ。時間を右から左へ流していくだけ。ムーディー勝山のネタそのもの。一日の過ごしかたは一生をあらわす。まるで虫のようだけど、彼らのほうが私よりもずっと勤勉に見える。きっと虫のほうが真面目だ。

 

私はといえば、夢や希望はもたないくせに暇つぶしには貪欲。なぜ暇なのかといえば夢や希望がないからで、もはや夢や希望を見つけること自体が命題になっている感じすらある。

 

手にしたことがないものに夢見て焦がれる気持ち。まるで恋に恋しているようだ。だけど恋とはちがって完全に自分ひとりで見つけなくてはならない。命が尽きる前に見つかったらラッキーくらいの勢い。出現率何パーセントかだけでも教えて神様。

ストロングゼロはもう飲まない

ひどい目に遭った。

自分で飲んだのだから「遭った」というのも違う気がするが、とにかくひどい酔い方をした。

飲んだのはストロングゼロ。350ml缶をふたつ。味はビターレモン。

最初の1缶はとても楽しく飲んだ。2缶目もそこそこ楽しくのんだ、と思う。しかし記憶が曖昧。

そのあとお風呂に入った。これがいけなかった。

風呂から上がったあと、盛大に吐いた。ちゃんとトイレに行ったからセーフとしておこう。そのまま死んだように眠った。朝方5時くらいに目が覚めて、吐いた気がするけどそれが現実なのかわからないほど記憶がぼんやりしていることに気付いた。

朝はなにも食べられなかった。

これまでお酒を飲んでも二日酔いになったことはなかった。だから自分は二日酔いしない体質なのかと思っていたけど、ストロングゼロによりそれはあっさりと覆された。

立って何かしようとすると吐き気がし、お腹が下り続けて何度もトイレに行った。それからずっと横になって、昼前にやっと回復しはじめて梅干しを食べた。吐き気はまだあるけど、やっと人間活動を取り戻した。

以前、自由を味わいたくてタバコを吸って盛大に吐いたことがある。

40jinsei.hatenablog.com

それからタバコを吸いたいという気持ちさえ抱くことはなくなった。

それに近い思いを今ストロングゼロには抱いている。

350mlの缶がまだ二つもあるけど、処分してしまいたいほど。誰かにあげようか、だけどそのせいでひどい経験をしたら申し訳ない気もする。やっぱり捨てるしかないかもしれない。