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四十路になったおいわいに

女が四十をむかえるとき。それはなにかのおわりでもあり、はじまりでもある。

恋はしなくとも夢をみていたい

わたしには夢がある。

いつか本を出版したい。

そんな夢。

 

十年以上まえ、はじめてインターネットにふれたときにわたしはすごく興奮した。

いろんなところにいる、いろんな人の考えをこうして読むことができるなんて! って。

それは本よりも刺激的で、テレビよりもリアルで、新聞よりも新鮮だった。これほど面白いものが見られるならインターネットだけでいいじゃない、と本もテレビも見なくなった。

 

でも、今のインターネットってあのころほど見ていてワクワクしない。

それはわたしが年を取ったせいだろうか。インターネットメデイアが大きくなってテレビや本や新聞、あらゆるものを食らいつくしてしまったせいだろうか。

 

あの頃、わたしが重きをおいていた「データは残る」というのもあやしくなってきた。データはほとんど残らない。データは儚い。残り続けている古いデータに、昔ほどの迫力はない。更新されなければそれはただの古ぼけたデータだ。本やレコードは古ぼければ古ぼけるほど凄みが増すけれど、データは案外そうじゃないことがこの十年くらいでわかってしまった。

 

それでいまあらためて見る夢が、本を出したいなーということ。

本はさわれる。本はごみに出されたら燃えちゃうけれど、人の手から手にわたるなどして案外残る。思わぬ誰かが読むかもしれないし、誰にも読まれないかもしれないけど、かたちとして存在する。

そこにものすごく憧れる。

 

なにが書きたいのか、まずそこからだけど。(そこからかーい)