四十にもなって生身の人間がこわいだなんて
大人は強いものだと思っていた。子供より身体が大きいし、お金もあるし、行こうと思えばどこでも行ける。だから大人は強いはず。
いざ自分が歳を重ねてみると、確かに身体は大きくなった。お金も国内くらいならすぐに行ける。だけど強くない。特にメンタルは激よわ。にんげんがこわい。文字ならば落ち着いて受け止めることができるんだけど、特に生身の人間が相手だと視線、発言、声色、隠された本音、くみ取れない意図、まわりくどい表現すべてが未知で恐ろしい。判然としないもの、はっきりしないもの、突発的なもの、それらを内包する生身の人間に対応するのがひどく疲れる。
驚くべきことに、相手が一桁年齢の子供でもこわい。自分の子供はまだ楽なほうというか、ある程度の思考や行動のパターンが読めるからましだけど、他所の子供はやっぱり未知。しかも近所だと子供プラス親、なんなら兄弟、祖父母とファミリー単位になっちゃって手に負えない。人間は未知だからこそ無限の可能性を秘めていて面白い、なんて思える器があったらどんなによかっただろう。表情だの表現だのを読み取るのが困難な人間のためにターゲットを即座に数値化して分析するロボコップみたいなハイパーテクノロジーコンタクトレンズをはやく商品化していただきたい。そのためにはどこの株を買ったらいいのだろう。