恋はできた。むしろ恋は得意だ。惚れっぽい。しかし愛はだめだった。恋が愛に変わることはなかった。恋が終われば、ああそういえばむかしここに恋した時間があったねという墓標しか残らない。その墓標は影をつくり、暗闇にこころが占められていく。太陽は沈んだ。星は瞬かない。
むかしまだ恋もろくに知らなかった頃に熱烈に好きになったひとがいた。私はあげられるものはほとんどそのひとに差し出した。とりわけ「若さ」という最大のたからものを時間とともに捧げた。奪われたという感覚はなかった。私は喜んで献上したのだ。そのひとに手にとってもらえることが嬉しかった。それが恋というものだ。そして恋はいつか終わる。
そのひとは欲望を満たすだけのために私を傷つけた。私はそれを見て無ぬふりした。こんなに好きになった人がここまで自分勝手なふるまいをするわけがない。私はこの人に傷つけられるわけがない。そう思い込んでいたから。すべては大間違いだよこのすっとこどっこい、とタイムマシンがあったら私は当時の二人を並べてひっぱたきたい。
そういうわけで私は愛を知らないで生きている。子供への愛はあるのかもしれないが自分の身体から生まれてきた人間に1ミリグラムも愛情を抱かないほうが逆にむずかしいだろう。子供への愛と、他人への愛はまた別のものだ。他人への愛。身体を傷つけられても、裏切られても愛を離さないでいることは果たして可能なのだろうか。これまでの時間を無駄にしたくないがための意地ではなく、相手のことを許して愛する。私があきらめてしまったもの。それは遠くの星のように光ってはいるけど、この手に感じることはできない。