夫が出会い系で浮気してた

子あり四十路女。若い女の子に目がない夫と冷めた生活を継続中。

記憶の町

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子どもの頃に住んでた家が、外の小屋みたいなところにお風呂があって

というような昔話を見て記憶のフタが開いてしまい、勢いよく思い出が流れ込んできた。

子どもの頃に住んでいた場所のこと。

平屋の建物がならぶタイプの市営住宅だった。すごく古くて、それこそお風呂場も半分外にあるみたいな、なんていうんだろう、沸かすところのボイラー?が外付けだったのだろうか。記憶がおぼろげなんだけど、脱衣所はなく台所のすぐ横に浴室のドアがあった。

市営住宅には同じ年頃の子どもがたくさんいて、公園で遊んだり、駄菓子屋にお菓子を買いに行ったり、ファミコンがある家に住んでいる友だちのところに遊びに行ったり、今の孤独で引きこもりな自分からしたら信じられないほど交遊していた。

今となって思えば、あの時代は生きてきたなかでいちばん幸せだったかもしれない。

子供時代を思い出そうとすると、国道を渡って視界の遥か先まで続く小学校からの帰り道や、遠くの山にはてっぺんに観覧車があったこと、床屋の青と赤がまわるカラーポール、店先に取り付けられた時計、朝はそれを目安に急ぐかどうか決めていたこと、いつでもそこに帰れるくらいの記憶の量にのみこまれそうになる。

親は親で、市営住宅に住んでいることに引け目を感じていたらしい。あるとき個別面談から帰った母親が「先生に『市営住宅、あぁ、あそこの』とまるでスラム街に住んでいるかのように軽蔑された」とこぼした。私は衝撃を受けたけど、それは母親から聞かされた担任の態度が悲しいというよりは、母親はここに住んでいることを恥じている、と知ってしまったからだった。ここで生まれ育った自分にとってこれほど素晴らしいところはない…とまではいかなくとも、ほかの場所を知らないし、そんなに悪くない生活をしてたように思っていたから。

夜は部屋に家族分の布団をしきつめて、父親とゲラゲラ笑いながら眠って、朝は母親の自転車にのせられて保育所に行って、小学校に上がったら鍵っ子になったけど近所には同じく親が共働きの友達もたくさんいて、とても楽しかったのに。

そんな生活は母親の上昇思考により環境をがらりと変えることになり、小学校三年生の頃に母親だけが念願だった新築一戸建てへと引っ越した。

そこで私の黄金時代も幕を閉じた。あとはずっと暗黒。

父親は無職になり、母親はローンにあえぎ、兄は引きこもりになって、私はこのざま。家が呪われていたのだろうか。それとも、例えあの場所に住み続けていたとしても同じような運命を辿ったのだろうか?

引っ越してから家族にいい思い出がほとんどない。悪いことのパンチが強すぎて。黒い絵の具に赤や黄を混ぜてもほとんど黒い色になってしまうみたいに。

だけど引っ越す前までの記憶は、あざやかなまま光を放っている。それが子供時代というものだろうか。カズオイシグロの小説を読めばヒントが得られるだろうか。

もしこのさき、私が痴ほう症になったとしたら、あの記憶の町にとらわれつづけるかもしれない。

ホームアローン今みたらとんでもなかった

クリスマス映画としてテレビで放送されてたホームアローン、どれ子供と一緒に見てみようかなと録画しておいた。

私自身、昔それこそテレビでちらっと見たおぼえがあって、なかなか楽しかった記憶があった。

いざ子供と見始めたら、あまりのはっちゃけぶりに閉口。

部屋のなかでエアガンにしては立派な銃をぶっぱなしたり、おなじく屋内で爆竹を炸裂させたり、故意ではないといえ万引きして脱走したり、その流れでトラックの前に飛び出したり、もみの木にのぼってチェンソーで枝を切り落としたり、ハラハラしすぎてとても見ていられない。

劇中での設定は8歳らしいけど、なまじやれることばかりな年齢だけにやりたい放題の状況が恐ろしい。

とても「親子で見て楽しもう!」という感じにはなれなかった。当の息子も全然食いつかずに飽きて他のことをしはじめたので、強盗が本格的に襲撃するまえに視聴中止。

本当に恐ろしい映画だった。

危険度でいったらビーバップハイスクールくらいかな。そっちもちゃんと見たことないけど。

あれを面白く見るには「おさるのジョージ」のおじさんくらいに強靭かつ余裕のある精神力を持ち合わせていないと。

そして考えた。

子供が危険なことをするのが見てられない、というのは私の場合「子供自身の安全」よりも「自分の心を乱されたくない」だけなのかもしれない。

行動の結果を身をもって知る体験は重要だ。その機会を「世話の手間を増やされたくないから」とむやみに奪うことは、子供の人生そのものも奪いかねない。と少し反省もした。

失踪願望とテレビドラマ

家事が苦手で、つねづね失踪に憧れている。

元から生活するのが下手だった。両親にもその気配がかなりあって、今思えばまさに機能不全家族という感じ。

そんな人間がなんとなく結婚してしまって、己の生活力の低さをあらためて思い知っている。

夫の母は家事全般がとても上手だ。

整理整頓も料理も家計管理もばっちり。コミュニケーション能力も高い。人徳ゆえか、やたら運も良い。すごい有能。

義母の生活ぶりを見るにつけ、自然な動きに組み込まれた家事スキルにいつも驚かされる。ちょっとした合間に掃除。ごみはすぐにまとめる。てきぱきと片付けられるさまが気持ちいい。

そんな義母のもとで育った夫は、まったく整理整頓が身に付いていない。綺麗好きではあるが、自ら積極的に綺麗にすることはない。

残念。おそらく義母がすべて自然にやってしまったために、部屋が綺麗なのは夫にとっては自然現象のようなものなのだ。それにもっとはやく気づくべきだったのだ。

結婚前の私は、夫となる相手の母親がこんなに掃除が得意なら息子に遺伝してるにちがいないと思い込んでしまったのだ。あほな私。

かくして、掃除が苦手なもの同志が夫婦となって同居、部屋はいつも散らかり、我が家は大変な状況に。

ひとりぶんだけでも無理なのが、夫や子供のぶんまで片付けないといけない、さらに小学校からは毎日のように広告を含むプリントが届いて積もっていく、毎日の食事、洗濯、無理、逃げたい。消えたい。ひとりになりたい。もしくは毎日使いきれないほどのお金が降ってきてそれで家事をやってくれる人を雇いたい。

失踪願望が浮かんでは消える。

夫はどうでもいいけど、子供をおいていくのは気が引ける。一生後悔するだろうし、心臓に墨汁を垂らしたみたいにずっと暗い気持ちが消えないままひとりで暮らす覚悟もない。

だけど、こないだドラマで衝撃的なものを見てしまって。

「僕らは奇跡でできている」なんですけどね。高橋一生の。

ドラマで明言はされていないんですけど高橋一生演じるカズキ35歳は何らかの発達障害というか、自閉症スペクトラムというか、生きづらさを抱えている人なんですよね。

家には20年間カズキのお世話をし続けている山田さんという家政婦(戸田恵子)がいて。

カズキは親を小さい頃になくして、陶芸家の祖父のもとで森の自然とともに育ち、動物好きをいかして大学の講師をやっている。

カズキのマイペースな行動に周囲は振り回されながらも、ある意味ぶれないカズキの言動に己を見つめ直すきっかけをもらう…みたいなしみじみと良いドラマなんです。

しかし最新話。山田さんは単なる家政婦じゃなく、カズキの実の母親だってことが明かされまして。腰抜かしました。

話によると、カズキが3歳の頃にカズキの父親(山田さんの夫)が亡くなり、カズキ4歳時に山田さんが育児ノイローゼになり失踪。

えええ…。

山田さんはカズキの育てづらさ、他の子と様子がちがうのに胸を痛めて、カズキの祖父母(山田さんの義父母)に託して失踪したんだとか。

それから11年後、カズキの祖母が亡くなったことを知った山田さんは祖父からの後押しもあり、家政婦としてカズキの世話をすることに。自分への戒めとして、母親だとは名乗らずにカズキが15歳から現在の35歳になるまで家政婦として接してきた。

しかし、カズキは20歳のときに戸籍をみて山田さんが実母だと知ったそうです。

 

すごいヘビーな話に思えるし、実際そうだろうと思うんですがドラマでは「全体的に赦し」の雰囲気で描かれていて、なんか、なんかな…と。

そりゃ、子供本人が「僕はお母さんのことが大好きだったんだ(微笑み)」と全面的に赦しているなら、本人同士がそうならいいのか…? 現在のカズキに山田さんへの恨みは一切感じられず、立派な大人になってやりたいことを仕事にできている幸せな状況だからオッケーなのか?

 

見てからずっとモヤモヤしてる。

夫が亡くなった翌年に4歳の一人息子を置いていくこと。

今から20年前以上昔の日本で、子供の発達障害への理解はほぼないに等しいのかもしれない。だからって、置いていくほどなのかな。4歳っていったら年中さんくらいだよね。集団行動ができなくて困るのはもうちょっと後の小学生くらいからじゃないか。祖父母、息子を亡くしてすぐに孫育てするのめちゃ大変だったんじゃないの。

あー、こういう「一般論」がさらに山田さんを苦しめたんだろう。

ただ、同じく失踪願望を抱えている私からしたら山田さんすごい恵まれてるよねって思っちゃう。

11年後に戻ってきても母親と名乗らないことを自分への罰みたいに言ってたけど。見方によっては母親の荷を外したまま、子供のそばにいられるってことでしょ。

むしろ小さい頃に父親だけじゃなく母親まで亡くなったと思いこまされていたカズキさんは不幸ではないのか。時間は戻らない。いくら変わった考え方をするからとはいえ、それがいい方向にばかり傾きすぎてるというか。ま、ドラマだからあえてそういう奇跡を、ってことなんでしょうかね。

 

同じドラマを見ていた夫に「これってもし私が失踪したとしても誰も不幸にならないってことだよね?」と確認してみたところ「ドラマだから」と返答されました。明日からも引き続き、失踪したくなるほど家事はしないことに決めた。

腹痛は一時停止

腹痛をときどき起こす。

冷えたとき。なにかに当たったとき。便秘がちなとき。

一旦腹痛の気配が訪れるとすべて出しきるまで儀式は続く。

まず違和感がくる。

そのあと猛烈な痛み。

そして排出。

その流れを数回繰り返して燃えかすになる。

 

痛みのあたりで、眠り込んでしまうことがある。

気絶するように十五分くらい眠り、目が覚めると驚くことに腹痛のフローがまったく進行していない。

眠り込む前に一時停止ボタンでも押したように、律儀に前のところから再開される腹痛。

かといって眠っているあいだに駄々漏れなんてことがあってはならないのでこれはこれで仕方がない。

 

今も実は腹痛とたたかっている真っ最中。

 

長ネギを生で食べたのが当たったらしい。流れで言うとまだ違和感のところ。そのあいだに入浴に成功した。

できるだけ暖かくして、静かに横たわる。寝てしまいそうだけど、このたたかいは多分あと二時間くらいは決着がつかない。

 

痛みに耐えるしかないとき、祈る神をもたないことをすこし残念に思う。

ルーズソックスを履きこなせなかった私と安室ちゃん

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』が気になっているが見に行けないままでいる。

90年代に高校生だった女友達グループの話。監督は「モテキ」の人。女性たちの現在は四十代で、高校時代に流行した音楽がガンガン流れるらしい。モテキでもガンガン流れてた(そして楽しかった)からああいうノリなんだと思う。四十路といえば自分にとってはまさに世代的にはドンピシャ。楽しそう、と一瞬思ったが高校時代の彼女たちがルーズソックス、ミニスカートの制服、ガングロ、といわゆる「コギャル」っぽいのを見てブレーキがかかった。

私はルーズソックスには縁遠い高校時代を過ごした。高校に入りたての頃は周囲のルーズソックス率はさほど高くなく、学年でも有数のおしゃれな女子が履いているくらいだった。だが日に日にルーズソックスは田舎の女子高生にも流行しはじめた。やがてルーズソックスを履きこなす女子がクラスにもちらほら見られるようになり、そういう子たちは制服のスカートもいつのまにか膝上まで短くして最先端を行くのだった。オシャレに興味があって、スタイルが良くて、男子とも明るく話せるようなイケてる女子。対して私は今でいうところの陰キャであり、オシャレへの志が低いイケてない女子だった。というか、過去形ではない。今でもずっとイケてないクソダサおばさん。

なんだか連綿と続くイケてない自分史を振り返って暗澹たる気持ちになってくるが、事実だからしょうがない。

ルーズソックスを持っていないわけではなかった。自分で買ってみたことがある。しかしどうだろう、ルーズソックスというものはただ履いてくしゅっとたるませるだけでは全く様にならない。あくまでトータルコーディネートの一部でしかないのだ。スカートは短くしなくちゃならないし、髪型もきちんとキューティクルを整えてできれば茶髪にし、ヘアドライヤーでブローしないといけない。さらに短くしたスカートとくしゅっとしたルーズソックスに見合う脚でなければならない。

黒くて太い髪を低めに一つか二つ縛りにした髪型。ウェストを折って気持ち短くしただけの形がいびつなスカート。そこにルーズソックスを履いただけでは、いつも以上にクソダサい女子高生になるだけ。それに気付いたとき、イケてる女子のたゆまぬ努力に私は感服した。ただルーズソックスを履くだけではだめなのだ。それから私はイケてる女子に師事し、努力……はしなかった。おしゃれを頑張るのは大変そうだった。決まったことをやれば点数に反映される勉強のほうがまだ楽のように思えた。そうしてクソダサいまま高校を卒業した。時代はコギャルだとか女子高生ブーム真っ盛りのように見えた。同じ年代のはずの彼女たちはとても遠い存在だったし、テレビの中の都会はきっとそうなんだろうと思うことでルーズソックスも捨てた。

そんなことを、映画SUNNYのサイトを見て思い出した。

篠原涼子の高校時代を広瀬すずが演じていて、地味でおどおどした感じの女子高生のカットがあったので親近感を覚えかけたが違うカットでは笑顔でルーズソックスを履きこなしていたのでそっと閉じた。

使われている音楽はきっと好きだ。聴けば懐かしく感じるし、多分どれも口ずさめるほど思い出もある。それならYouTubeで懐かしい曲を片っ端から再生リストに突っ込めばいい。

そこまで考えて、音楽の凄さを思い知る。音楽は聴く人を選ばない。

コギャルじゃなくても安室ちゃんを聴ける。チンピラやムキムキじゃなくても長渕剛に感動するし、悪そうな奴が友達にいなくてもHIPHOPに身を委ねることができる。ファッションや環境にとらわれずにどんな音楽を聴いてもいいし、楽しめる。ライブでは若干浮くかもしれないけど、周りの属性や格好を気にする人なんてそんなに多くない。

安室ちゃんが引退する前の最後のインタビューで言っていた。

「これから私たちはどうやって日常を過ごしていったらいいですか」というファンの質問に、安室ちゃんはこう答えた。

「いろんな音楽を聴いてほしい。私の音楽だけではなくて、いろんな音楽を。そして、音楽をもっと好きになってください」と。

書いてて泣きそう。安室ちゃんすげえ。そう、音楽ってすごい。垣根がない。なんというか、安室ちゃんありがとう。SUNNYはそのうちアマプラに追加されたら見てみようと思う。

「SUNNY 強い気持ち・強い愛」Original Sound Track

「SUNNY 強い気持ち・強い愛」Original Sound Track

 

やっと夏がおわる

夏が好きな人はお引き取りください

 

やっと夏がおわる。

私は夏が大嫌いだ。

祭りもレジャーも暑いのも何もかも嫌い。

唯一のメリットは洗濯物が早く乾くことくらい。

とにかく嫌い。夏が嫌い。

祭りは楽しむもんだみたいな風潮きらい。

祭りを楽しめない私には確実に何かが欠けている。寛容さとか。生命力とか。好奇心とか。だがそれが何だというのだろう。家でじっとしていたい。ひたすら本を読んだり映画をみたりしていちゃダメなのか。

でもダメなんだよ。子供がいる母親としてそれはダメという烙印を押されても仕方がないくらいダメ。フットワークの軽い母親こそ至高。レジャー大好きで友達がすぐできるコミュニケーション能力があれば母親業がうまくまわるってもん。

私にはそれがない。ないのに子を持ってしまった。そこまで深く考えてなかった。だけど夏は嫌い。祭りも花火も盆踊りも海もプールもキャンプも野菜収穫もすべて嫌だ。

そんな夏ももうすぐ終わり。季節よ堂々と過ぎ去ってくれ。そして家に一日こもってても堂々としていられるような冬にはやくなってくれ。

 

毎月恒例退散祈願

平常時なら笑って済ませることがいちいちささくれ立った心にひっかかって苛々する。

汚いところや悪いところばかりが目につく。

ひとりになりたい。とにかくひとりになりたい。

見知らぬ場所に旅立ちたいわけではない。ただ家のなかで、沈黙していたい。家族の世話だとか家事なんて考えることもなく、ひたすら単純なゲームでもしていたい。聞きたくない音は聞かない。テレビもいらない。雨が降ったらベランダに入り込む水音だけを聴いて眠るような生活がしたい。

こんなに調子が悪いのは間違いなくPMSのせい。原因はわかっているのに、それに対抗できる術がない。ハーブティも試した。カフェイン抜きも試した。断酒もしている。運動も。それで身体の具合はましになる。月経自体も少しは軽くなる。だけど気分だけはどうにもならい。嵐に翻弄される。それまで穏やかに周りをとりまいていたものが、あっというまに怒りや悲しみの色にそまる。それらのもの自体が変化したわけではないことは知っている。私の視界に何者が勝手にフィルターをかけてしまった。月に一度、数日に渡って悪さをするそいつ。神頼みしても治らない。制御できない怪物の存在を自分の内に感じる。