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四十路になったおいわいに

女が四十をむかえるとき。それはなにかのおわりでもあり、はじまりでもある。

ブログが生きざまと繋がっている人の言葉は強い

行動するのは、むずかしい。

声に出すのは、はずかしい。

だけどブログに書くだけならなんとでも言える。

 

以前よく見ていたとあるブログ。

その人ならではの主張や語気が強いのが特徴的で、テーマとしては人生を楽しもう、自分を好きになって他人を許そうみたいな。すごくいいこと書いてて、崇拝したくなるような。

でもある日、めずらしくその人自身に関わる記事が公開されて。

それを読む限り、親とうまくいってなくて成人してからはほとんど連絡もとっていない。つい最近、妹から「親が病気でもう長くない」と知らされたけど関係ない。親のことは妹にまかせっきり。

といった内容。

 

それを見て、普段はあんなにいいこと書いててもこの人自身の人生を通して語られるものとはまったくの別物なんだと実感した。

むしろ、リアルがダメだからブログは理想をつめこんだのかな、とも。

それが透けて見えたときに、私は冷めてしまった。

それ以降、どんなにいいことをその人がブログに書いても重みを感じなくなった。むしろいいことを書けば書くほど空虚なものを感じてブログ自体を真面目に読むことができなくなった。

 

書いているひとの生きざまと、ブログに書いていることの差がすくないほど言葉のちからは強くなる。

それが良い方向であっても、悪い方向であっても。

ドラえもん はじめての国語辞典